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獣の仕業のしわざ

劇団獣の仕業のブログです。 日々の思うこと、 稽古場日誌など。

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舞台芸術創造機関SAI①

こんにちは。小林です。

今日の東京は昨日の暖かさはどこへやら。風強し、雨降りしの天候でございます。昨日のポカポカで「ようやくはーるですねー♪」と、つい歌ってしまった自分を恥ずかしく思います。昨日は温かさと湿気で、こんな日は昼食後にぶらぶらと散歩でもしようかなどと思いましたが、だがしかし、猛烈な睡魔には抗えず、食事を済ませたらさっさと寝入りましたのでございます。ぐーぐー。それと言うのも、さりとてこの陽気のせいではなく、すいません一昨日まで客演をしておりました。そういえば、この場ではその類の話をしていなかったことに気付き、我ながら反省…というより、「もったいなかった」と思う次第です。

あんな「いやあ、『面倒ださらっちまえ!』って本当にいいもんですよねえ」と、ひとり妄想世界を繰り広げたり、「カッポカッポする年ですね」などと不可解なものでお茶を濁すこともなかったかも知れません。あるいは、この獣ブログはあくまで獣の活動を!と思っていた節もあったことでしょう!果たして「面倒ださらっちまえ」がそれに該当するかは我知らず親も知らず逢う坂の関。そして、今とうとう鎖国を解禁したのは、現代のペリー・舞台芸術創造機関SAIのお陰かも知れません(立夏からも「更新しても、イヨー!!」とあったことは、なんだか黙っていたいものです。ふふふ)

さてさて、今回はかなり芝居の話ではないかなと思います。
それでは、この舞台芸術創造機関SAI(さい)という団体?チーム?集団?ダンダダン?について説明をしてみます。他己紹介、というよりは、私や獣との関係を中心に、でございます。

この舞台芸術創造機関SAI(以下、「SAI」)は、秘密機関でもシンジケートでもなく、演劇だけに捉われず、様々な表現にて舞台芸術を創造していく…機関です!演劇にライブ、企画?などなど活動をしています。
そんな中、私は演劇での公演の際に、ふらあっと参加しているのです。今回もやはり、ふらあっと参加して参りました。「ふらあっ」っと言っても何もやる芝居までも、ふらあっとしている訳ではないんですね。結構ゴシゴシさせる訳ですね。ゴリゴリでもバシバシでも、そんなニュアンスを体感している訳です。

そして、この機関、SAIと最初の出会いは、2010年の夏のことでした。きっかけは「飛龍伝」でした。
この、SAIの主宰は倉垣吉宏(クラガキ ヨシヒロ)さんという方で当時、西荻窪がざびぃの企画「ひとつきたっぷりつかこうへい」にて、我々は獣の仕業「飛龍伝」として、そして倉垣さんは劇団鈴木区さんの「弁護士バイロン」に役者として参加されていました。そして、本番前にRDOという、インタビューを企画され、その収録が、最初の出会いだったんですね→ http://ameblo.jp/sai-kuragaki/entry-10953193898.html

インタビューでは、どういう訳か自分は野田秀樹のモノマネをして音を割ったのを覚えています。「~するんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー」っと。今思えば恥ずかしい限りで、昔から変わっていないな、でもそんな自分が好きかもしれませんね、はい。かくして、収録が終わり、そのあと飲みに行ったんですね。参加者は、立夏・藤長・客演の成田さんと中崎でした。ええ。そこで飲んで、たぶん芝居とは!みたいな話をしたような気がします。


記念撮影ですね。奥の斜め45度が倉垣さんです。
3年前、かあ。もっと前のような気がします。。。

そしてその日はそのまま別れて、翌年の春、役者としてお誘いいただいたのです。


と。今日はここまでです。
次回はまたこの続きを書いていっきまーす。


こばやし
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ご注意申し上げます

こんにちは。小林です。

本ブログにて、12月9日にコメントが寄せられておりますが、アルファベットの羅列や不可解なURLが転載されております。

ウィルスの可能性がありますので、アクセスなどされませぬよう、ご注意申し上げます。

また、当方と致しましても、本ブログにおいて不可解な面がないか逐一確認しながら、読者の皆様に不都合な事態が起きませぬよう、今後もこのように注意喚起を行い取り組んで参ります。

何卒ご注意いただければと存じます。


取り急ぎではございますが、一報させていただきます。

今後とも宜しくお願いいたします。


拝 小林

私的追想:獣の軌跡3

こんにちは。連投する小林龍二です。

もう定型文になってしまいましたが、暑いですね(笑)
昨日はとうとう群馬県も風呂になったようで、このまま暑さが進行しましたら日本全土が風呂化して、
大気にもうもうと漂う湿気のみで入浴が可能になる日も近いように思います。

そうなりましたら人々は、ところかまわず入浴を始め、果ては日本がヌーディー化していくことでしょう。
するとそれが社会現象化して、節度やマナーのある行動を喚起するようになるに違いありません。


「優先席付近での入浴意欲をお切りください。」

「外での入浴、ダメ!絶対!」

「人間やめますか入浴やめますか」

などのコピーが街に溢れることでしょう。こだまでしょうか、いいえ冗談です。


さて、気を取り直しまして「私的追想」を再開します。

昨年の9月28日~29日に、既成作品の第二弾としてシェイクスピアの「オセロ」をやりました。
この前回が「物語がない」ものであったのに対して、むしろ400年近い歳月を生きたシェイクスピアの四代悲劇、
それは当然として、厳然なる物語が、固く、そして強く存在するのです。その物語の有無という差と同じように、芝居のスタイルは変貌しました。

それまでの獣の仕業では「動」が主だったものでした。
「動」による力が舞台に風を起こし波を立たせて、そしてその風が止んだ時、
さながら舞台が台風の目の中へ入ったように、その中で生まれる「静」がまさに突出していたのだと思います。

このオセロではそれが逆転化しました。
「静」による深い力、それも下へ下へと沈降していくというスタイル、
樹木が大地に根を張るように重心をいつもよりも遥かに深く最後まで落とし続けるというスタイルが取られました。

たったひとつの、挙手・投足を動かすことすら躊躇われる、
普段は無意識に送っていた身体の電気信号を意識的な信号に変換して展開させる、というものでした。
いまは、シェイクスピアの「悲劇」を前にすると、相応の「構え」が必要だったのだと解します。
こりっちやツイッターなどで多くのご感想を頂きました。ありがとうございます。


さあ、ここまでやってきたところで、前回の「助ける」です。

「助ける」については以前にもぼややんっと書いたのですが、一点気付いた点を言いますと、
「助ける」はそれ以前のものと比較して「水平」であったと思います。
過去に多く使われてきた跳躍や「落ちる」といった動きを「垂直」だとすると、
跳躍や落ちるといった動きよりも「水平」に流れる回転や動く展開が多かった、
そのような特徴もあったこと、この場で付け加えます。


さて、大変長くなりましたが、次はどのような芝居になるのか私もまだ分かりません。

9月28日(土)~29日(日)、荻窪小劇場にて行います。日程としてはオセロからちょうど1年という日程です。
どのような姿になるか、作品をご覧頂くとともに「今回はこんな特徴が…」という部分もこっそりご覧頂ければ幸いです。

…結局、宣伝文になってしまいましたね。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。


また徒然なるままに書いていきます。


小林龍二

私的追想:獣の軌跡2

こんにちは。
この暑さいつまで続くのでしょうか。
月曜日くらいまではただの台風一過みたいなものかと思っていたのですが、気温の下がる気配なし。
昨日なんて、山梨県で39.2を観測し、風呂じゃん。
山梨県風呂になっちゃったじゃん、と思ったものです。


昨日に続き、「私的追想:獣の軌跡2」です。
しかし「獣の軌跡」とは、なんて堅苦しい感じなのでしょう、更新した後に思ったものです。
ですので、「獣のあゆみ」に変更します。ただし、この文章内のみでのお話ですね。


ところで、獣の仕業には「獣ちゃん」というものがおります。
このHPに入る際「ENTER!」と言っているものです。立夏が表の代表だとすると、獣ちゃんは裏の代表です。
公演が終わったあとには、「旅行に行こうヌン!自分はお留守番をするヌン!みんなで楽しんできてヌン!」
と言って、我らを旅行へ送り出すのです。自分はHPを閲覧される皆様のために、玄関でいつも待っています。

しかし獣ちゃんはただの「いいやつ」ではないのです。
ある時は「リア王爆発ヌン!」という純粋であるが故に、悪意のある発言をすることも、
また「ライバルはエビフライ!」という反骨精神も持っており、「蕎麦湯をゴキュゴキュ飲む」偏食ぶり。
いまだに掴みきれないものの、かわいいやつだな、いえかわいい方でいらっしゃる、なんて思うのです。

獣ちゃんの言葉はツイッターでしか読めません。
もしツイッターをされている方は、[@kmn_chan_bot]をフォロー頂ければ、めくるめくシュールワールドへご案内。
公演情報などもささやかに、つ・ぼやきます。


さて、昨日の続きをしめやかに再開します。
第四回公演は「せかいでいちばんきれいなもの」でした。

今はつまらない駐車場になってしまった、今はなき神楽坂die pratze。
2012年3月10日~3月11日という日程でした。
偶然などが重なり、東日本大震災からちょうど1年というタイミングでの作品です。

私は大震災が発生したその日、津波や火災などの映像を見て、高校生の時に見た9.11と同様、「映画ではないか」と思うくらい、私の知る「現実」以上の「現実」が目の前には映し出されていたのです。

2014年の1月、個人的に気仙沼に行きました。ただ茫漠とした風景が広がっていて、
「何も分からなくってしまった」と思ったものです。2011年3月11日、実際に被災をされた方々以外には到底分からない「結果」、それしかそこにはありませんでした。

ただ、そんな町の中、流された家の土台の上に

「GROUND ZERO」の文字

それとともに漁業用のガラスの浮き球が無数に配置されている場所がありました。
地元の方、そこに住んでいた方が作ったのかは分かりません。

ガラスの浮き球は、東北一月のしんとした太陽の光を受け、まるで陽光を受けた海が踊って光を届けるのと同じく、まっすぐに輝く光を放っていたことは未だに忘れられません。

私はこの震災が起きて、「こうすべきだ」というものこそ不確かな事象・風潮であることを知り、

「頑張ろう」

「もう頑張っているって」

「生きていて嬉しい」

「生き残って申し訳ない」


たくさんの考え・言葉を知りました。
私自身は自分の無力さをただただ知ったのみです。「私には力がありません」そのままに。

答えはどこにもありません、自分で感じたもの、気付いたもの、知ったものが、答えなのだと考えます。


「せかいでいちばんきれいなもの」は、自然にそうなったかのように、作家は「物語」をなくしました。あたかも先述の「自分で感じたもの、気付いたもの、知ったものが、答えなのだ」と示すかのように(あくまで「私的追想」です)。
その物語自体は、もちろん芝居の根底に流れてはいます。

ただこの作品は、完全に分解されていました。一本の物語の構成を置換するに留まらず、
物語のエッセンスを抽出して、そこから見えたもの生まれたものが板の上に乗ったのだと思います。

昨日から続く「芝居のスタイル」についての話としては、「飛龍伝」をほぼ踏襲していたように思います。
ただ、意外にも「雷魚より分かり易かった」というご意見を頂いたことは、個人的にも大変興味深いものでした。


なんだか神妙な心持ちになっております。
この「私的追想」は2回で終わらせようと思ったのですが、残る「オセロ」はまた次回へと持ち越します。

またまた、最後までお読みくださいましてありがとうございました。



小林龍二

私的追想:獣の軌跡1

こんにちは。小林龍二です。

本日もじりじりとした暑さに見舞われている東京から発信です。
先週に幕を引きました「まめ芝。その伍」から、早1週間が過ぎました。

早いもので、今週末から次回の稽古が始まります。
もう既出のこととなりますが、次回は初の再演です。再演される作品は、第一回公演「群集と怪獣と選ばれなかった人生の為の歌」です。思えば、獣の仕業の芝居は、第一回から現在まで変貌してきたように思います。

第一回当時は、pit北/区域にて行い、一部に現在のような「決め」の動きがあった以外は、
ほぼストレートプレイでした。個人的な話で、また恥ずかしいことでもありますが、
当時は発話性も身体性も今ほど意識しておらず、「無防備」なまま板に上がっていたのではないかと思います。

その後、

劇団とは何か、
そしてまた「所属=団員」とはどういうものなのか、
役者とはどうあるべきなのかを、

学び知る機会に恵まれました。その経験が現在まで繋がっているのと考えます。


獣の仕業が現在のスタイルを持つ契機と相成ったのは
第三回公演「雷魚、青街灯、暗闇坂、あるいはうしなわれたものたち」です。

この作品は、当時「もう観たくない、でも、また観てみたい…かな」というツンデレめいたご感想を頂いたものです。

恐らく獣史上、一番の「悪夢」作品でした、きっとこの作品は。

生き地獄そのもの、しかしその中で新しく生まれたものが、現在も続く「熱」、のようなものです。
スピード感があり、またさらには動き回り、言葉と感情と空的身体がぶつかり合うような、
そんな作品だったのではないでしょうか。
同時に、このとき、獣の仕業特長の「ハケなし」が初めて生まれたのです。


演出がこの「ハケなし」をさらに突き詰めた?のが、次に続く第三回公演「飛龍伝」です。
これは、「雷魚~」を西荻窪がざびぃさんで公演させていただいた後、

「つかこうへいの演劇祭をやりますの!ぜひ獣さん!」

という大変有り難いお言葉を頂戴し、すすっと参加させて頂いたのがきっかけでした。
「ひとつき、たっぷり、つかこうへい」

この時、「ハケなし」は「入りハケなし」に進化?したのです。
舞台を杉板のパネルで完全に覆い尽くし、ハケ口という存在・匂いをも完全にぶっ潰し、開演前から全員板付き。
私は侃々諤々、狭間をういろう回廊ただよい人となります。

「入りハケなし」の力は、共演者らが回を重ねるごとに「ひやぁぁぁ、もういやあああ」と嘆き悲しみ絶望のまにまにへと誘うもので、私は彼らにこう言ったものです。
「みんな、戦時中を思えば、そしてまたここがゲットーだと思えば、なんて幸せなのだ、そう思おう。」と。
しかしそれは妄想の話。事実は私こそが「ひやぁぁぁ、もういやあああ」と言っていた張本人なのですから。
「さあ、やるよ!」と共演者らに市中を引きずりまわされた挙句スタンバイ。およよ。

一方でこのこともお伝えしなくてはなりません。
前説にて開演を遅らせるお詫びを耳にしたときに、私は「宇宙」を見ました。

暗い暗いブラックホールの中にチラチラという幾つかの光彩。
おぉ、あれは地球か。長い道のりだった。ロペスよ、地球だ。お前が念願していた大地がそこにあるぞ。
妻よ、我が妻よ、土星の輪を君がため持ってきてあげたよ。虹色の輪ひとつひとつはただの氷の欠片、
溶けないように、大切に、運んできたんだ、アァアレ!?あれれ!?あれあれあれ?溶けてる!!
おぉ、…「お待たせしました、まもなく開演します」…これが世に言う………か、かあさん!?


みちこぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!


そんな、得難い経験をした小林でした。
あと一歩で、ピッパラの樹の下よろしく昼下がりのがざびぃにてブッダへとクラスチェンジするところでした。
しかし一方で、つかこうへいの「飛龍伝2003」は、自分が演劇をやろうと思ったとき、
一番最初に観た作品でしたので、そこで山崎一平になれたことは、いまだに感無量な経験でした。

「しかし自分はパンツを履いてきております!」  じぃーん。


さてさて、第一回から第三回までの「今思えば…」とともに獣の紹介を簡単にさせて頂いております。
次回は、この続き、第四回公演「せかいでいちばんきれいなもの」からご案内します。


最後までありがとうございます。
熱中症などにならないよう水分は十分とりたいものですね。
夕方以降は雨が降る可能性があります。折り畳み傘があると便利です。
(NHK風)


小林龍二