忍者ブログ

獣の仕業のしわざ

劇団獣の仕業のブログです。 日々の思うこと、 稽古場日誌など。

助ける

「助ける」

舞台の上には二人の男女。女の名前は、ヨルハといいました。
男の名前はユウリといいました。



─耳を澄ますと魚たちの足音がする
かつて人間だったものたちの足音だ。あるとき、人々は皆魚になってしまった。
雷を呼ぶ、牙を持った魚、
あるとき、ひときわ大きな雷が鳴り、さばんと大きな波の音を合図に、魚たちは皆いっせいに自分の体を喰い始めた。
腕を喰らい、足を喰らい、そのまま頭まで食い尽くして忽然と消失する、自分たちの牙によって。

されど足音は続く・人々は自分が自分を捕食したことも気づかずに透明なまま、歩いている
人々は皆透明な亡霊だ、亡霊が車を運転し、亡霊が電話口でクレームを言う・・・




ヨルハは、目には見えない魚の足音が聞こえるといいました。


私にも魚が何なのか、はっきりとは分かりません。
けれど、そこにいないはずのものが、はっきりと「いる」と思うことがあって、それを魚と・私は呼んでいます。

魚は、私たちの失ってしまった・もしくは失ったなにかの姿です。
人々が自分たちの牙によって姿を消しても、世界は滞りなく回っていく東京の姿です
いなくなってしまったものは、二度と同じ場所には帰ってこない。
それでも、私は今まで、これからもずっと、その「魚たち」にもう一度会いたいと思っていました。

そしてなにも手を差し伸べられなかった自分、今も普通の生活を続けることしかできない自分が
ヨルハというひとりの女医の姿となりました。

─昨日、私の友達も魚になった
あっという間に自分を食べてしまった。  ・・・魚の目を近くで見たことはある?
魚は瞬きをしないから、ガラスの目に灰が入っていつも目から涙を流している。
でもそれは悲しいからじゃなく、目に入った異物を取り除こうとしているだけ・・・
透き通ったガラスの体にはどのような恩恵もその代わりに害毒もない、
すべての光が通り抜けていく、すべての音程がすり抜けていく

けれど私にはそうは見えない・・・ 友達だったから。


彼女が眠りに落ちた隙にだけ彼女の窓をたたきにくる男、ユウリ。
ヨルハのまばたきのまぶたの世界の中には、魚はやってきません。
魚は眠ることができないからです。
ただ延々と繰り返し、ユウリが彼女の窓を叩き続ける夜がありました。



─逃げないでください、あなたにしかできないのです。

魚の声がする、瞬きのすぐ隣には魚の足音でいっぱいだ、
魚たちは直ちに影響はない、直ちに被害はない、未来の子供にも安全であるというかりそめの指切りをした私たちの姿だ。かけがえのなかった一人ひとりと、交換できる世界のハザマの魚たちよ

もしもあなたがその友達に触れたいと思うなら、その友達はどこにでもいるだろう、
もしもあなたが友達に会いたいと祈るなら、あなたの網膜の上に、服の香りに、彼女は昔から宿っているのだろう
あなたがまなざしになる、あなたが耳を傾けるそうすれば、




光は反射していく、音楽は反響していく

過ぎ去ったものは、二度とは帰ってきません。同じ場所、同じ時間は二度とはやってこない。
けれど、うしなわれないものがそれでもあると、私はずっと信じて生きたいのです。
そうしていれば、私たちの思うことや、ただここにいることが、お互いを知らない私たちの心に届くと思うから。



─私には力がありません。けれど、私は医者です。必ず助けます。
何年かかっても、何十年、何百年かかっても。




─私たちはいつか負けるかもしれない
それでもまた、必ず歩いていく、私たちにはこの両足がある


魚に喰われて透明になってしまった私たちのガラスの義足が、
未来永劫、私たちの強い助けとなってくれる・そしてそれが、うしなわれてしまったあなたが
ずっと近くにいてくれることの証拠になってくれる・そんな私たちの思いがあなたに少しでも届くなら
そして何もできないと悲しみにくれるあなたが、
私たちの手があってそれだけで、誰かを助ける日がきっと来ると、
背中を押すことができたらと、祈り続けています。



約束をしよう。あなたを連れて行く。愛しているものを全て、遠く遠く未来まで。
消えないようにして、私たちの亡霊よ。
わたしがいる。わたしがそばにいる。

私にはあなたのことが、はっきりと、見えている。
PR